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ある夜のパーティのあと迎えのバスを待っていると、特徴のある帽子をかぶった紳士がやはりバスを待っていたので、思い切って話しかけてみた。彼はアメリカから来たと言った。映画人かと尋ねると大学の教授だという意外な答えが返ってきた。不思議そうな顔をする私に彼は「ユル・ブリンナーの息子だ」と自己紹介した。私はブリンナーにロシアの血が混じっていることは知っていたが、彼がウラジオストック生まれだとは知らなかった。ウラジオストック映画祭にとって彼が特別な存在であることは容易に理解できるであろう。 |
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ユル・ブリンナーは1920年ウラジオストックの裕福な実業家の家庭に生まれた。渡米した彼はのちにアンソニー・クインやマリリン・モンローが学んだミハイル・チェーホフ(アントン・チェーホフの甥)の俳優学校を卒業し、1951年に彼の名を一躍有名にしたブロードウエイ・ミュージカル『王様と私』で舞台デビューを果たした。彼が出演した数多くの映画については言うまでもないが、黒澤明の『七人の侍』リメイクの権利を日本人から買ったのが彼だったことは初めて知った。今回、ユル・ブリンナー記念銘板の開会式があり、息子のロック・ブリンナーが父親の生まれた家に取り付けられた記念板を前にその喜びを語っている姿がテレビや新聞で大々的に報じられた。 |
いよいよ帰国というその日、ホテルの前から空港行きのバスに私のトランクを運んでくれるハンサムな男性がいた。俳優かと訊くと、そうだと言う。偶然、バスの中でも隣り合わせになり、なんだか気さくな人なのでいろいろお喋りしていた。すると、自分が出演した最新作のDVDをプレゼントすると言う。受け取ってびっくり。なんとトム・ハンクス主演の『ターミナル』だった。えっ!
あの薄汚れた哀れなロシア人はあなただったの? ということは、やはりドイツのフランクフルト空港の裏側で密入国のまま働く人々を描いた『ゲート・トゥ・ヘヴン』(ファイト・ヘルマー監督)の主人公もあなたなの?
私は両作品を観て、同じ境遇のロシア人を同じ俳優が演じていることに気づいて苦笑したものだ。実物はこんなにハンサムだったのか。だから俳優って人を騙す商売なんだ。デジカメで可愛い自分の娘とスズダリへ旅行したときの写真を見せてくれた。モスクワで車が必要になったらいつでも遠慮しないで連絡してくれ、とまで言ってくれた。感激!!
彼の名前はワレリー・ニコラーエフ。空港に到着した時に冗談で「空港の内部はもう良く知っているんでしょ」と尋ねると、真面目な顔で「ドイツの空港ならね」と答えた。互いのカメラで記念撮影。少しあんちゃんっぽいけれどなかなか魅力的な人だった。これからは彼の出演作品をチェックしなければね。
短いけれど楽しい日々だった。映画三昧の日々が楽しくないわけないけれど、私にと
っては全くのバカンスで、また次のチャンス到来まで一生懸命働こうと心に誓った。こ
のような機会を与えてくださったロシア映画社に感謝、感謝。 |
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