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チャパーエフ
ЧАПАЕВ

[かいせつ]
1934年ヴェネチア国際映画祭銅賞
1935年モスクワ国際映画祭第賞
1937年パリ万国博グランプリ

 アンドレ・タルコフスキーの処女作「ローラーとバイオリン」で主人公の少年と青年労働者が観に出かけようとする映画がこの「チャパーエフ」であった。このシークエンスが象徴するように「チャパーエフ」は、この作品の誕生から半世紀以上もの間、階層や年齢を問わず、ソビエト国民に最も愛された映画と言っても過言ではない。映画のせりふが日常の会話となり、子供たちは"チャパーエフごっこ"に興じたのである。
 ワシーリー・チャパーエフ(1887〜1919)は、実在の人物で、貧農に生まれ、革命後、歩兵師団長となったが、1919年、ルビシチャンスク市(チャパーエフ市)で国内戦のため戦死した。この作品は、そのチャパーエフ師団に共産党の全権委員として派遣されたドミトリー・フールマノフが、農民パルチザンの指導者チャパーエフが党の指導のもとに、赤軍の規律ある隊長に変わっていくまでを著した体験的記録文学「チャパーエフ」の映画化である。
 映画は、同じ姓を持つ、セルゲイ・ワシーリエフとゲオルギー・ワシーリエフ両監督による共同演出。二人は実の兄弟ではないが、緊密なコンビを組み、自らも"ワシーリエフ兄弟"と呼び、映画大学監督科でエイゼンシュテインの指導を受けた後、外国映画のソビエト国内配給のための再編集の仕事を経て、レンフィルムの監督となった。
 この映画は、1934年、芸術全般に採択された"社会主義リアリズム路線"最初の作品として、当時、高い評価を受けた。このことにちなんで、ロシア共和国の毎年の芸術賞は、"ワシーリエフ兄弟"賞(映画部門)の名で呼ばれた。
 チャパーエフにはレニングラードの舞台俳優ボリス・バーボチキンが扮し、荒けずりで奔放な、生身の人間としての革命家像を作りあげ、それがこの映画の人気に繋がった。

[あらすじ]
 1918年、ウラルの広大なステップ。国内戦の最中、チェコの反革命干渉軍の攻撃を受けて、チャパーエフ師団は浮き足だったが、チャパーエフの勇猛果敢な戦いで戦線を立て直した。
 しかし、粗暴でアナーキーな性格で組織的な指導力に欠けていたチャパーエフと党の全権委員フールマノフとはたえず対立を繰り返していた。だがフルマーノフの辛抱づよい政治指導のもとに、かれは優れた革命戦士へと変っていく。
 チャパーエフの部下、伝令兵ペーチカとアンナは恋仲だった。やがて白軍の将校部隊の攻撃を受けて動揺するチャパーエフ師団の兵士たちのなかでも、ひときわ勇敢だったのはアンナだった。彼女はペーチカに手ほどきをしてもらった機関銃を手に奮戦した。そして黒マントを翻し、騎兵を率いて応戦するチャパーエフの前に、コサック部隊も退却した。
 だが、白軍はチェパーエフが師団の主力から離れる機会を狙った。そして白軍はフルマーノフが他の師団に移り、主力を率いるエラニが司令部から遠去かっている隙に、夜襲をかけてきた。アンナは脱出して味方に救援を求めるが、チャパーエフはペーチカとともに敵と対時、遂に衆寡敵せず、弾に倒れる。

[スタジオ/製作年] レンフィルム・1934年製作

[スタッフ]
原作:ドミトリー・フールマノフ
脚本・監督:ゲオルギー・ワシーリエフ
       セルゲイ・ワシーリエフ
撮影:アレクサンドル・シガエフ
   A・クセノフォントフ
美術:ガヴリール・ポポフ
音楽:イサーク・マフリス

[キャスト]
チャパーエフ:ボリス・バーボチキン
フルマーノフ:ポリス・ブリノフ
アンナ:ワルワーラ・ミャスニコーワ
ボロージン中尉:イラリオン・ペフツォーフ
ペーチカ:レオニード・クミト

[ジャンル] 長編劇映画
[サイズ]
35mm / スタンダード / モノクロ
[上映時間] 1時間36分
[日本公開年・配給] 1966/12/3 ・共同

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