●大型新人監督の登場
 1985年、アレクセイ・ゲルマン監督の作品がパリで初めて公開された時、フランスの映画ジャーナリズムは新人ながら、"タルコフスキーやミハルコフらと並ぶ監督の出現"と、報道しました。この唐突とも思えた新人の登場には、演劇界から映画界入りしたゲルマン監督の遅い出発もさることながら、実は独立した監督として71年に33才で製作した第一作「道中の点検」がソビエト国内で86年になって15年ぶりに陽の目を見たと云う番狂わせがあったのです。その時はすでに彼の第三作「我が友イワン・ラプシン」が好評裡に公開されたあとでした。
 77年の第二作「戦なき20日間」がジョルジュ・サドゥール賞、第三作「我が友イワン・ラプシン」が86年ロカルノ国際映画祭銅豹賞を受賞して、ゲルマン監督の映画作家としての大器は第一作の不幸な道草にも少しも揺らがなかったことをむしろ、銘記すべきでしょう。ゲルマン監督は1938年生れで、映画やTV映画に出演もしています。
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