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人間の心の美しさがわたしをひきつける
エミーリ・ロチャヌー


 わが恩師のこと
 映画大学時代にわたしが教えを受けたのはグリゴリー・ロシャリ監督とアナトリー・ゴローヴニャ撮影監督です。ロシャリ監督は博識で、誠実な人柄でした。かれはわれわれを取りまく周囲のさまざまな現象、事実、そして個々の対象から一番大切なもの美しいものを引き出し、われわれ学生にその美しさを感じとって、周囲の世界に歓喜し、ひいてはそれを愛することができる力を培うようにしました。
 プドフキン監督のカメラを担当していたゴローヴニャ撮影監督はわたしに映画の秘密を明かしてくれた人です。「定着ではなく、動きなのである。熟視だけでは、疑似映画であり、自然主義であり、芸術としては終りを意味する。選択の一瞬こそ、創作の最初の行為である。キャスティングやアングルを決めること−−それはわれわれがどんな視線でこの世界を見るかなのだ。詩的な映画を撮りなさい」これはゴローヴニャの言葉です。


 どんな映画を撮るか
 わたしはたとえば、彫刻を言葉で彫りあげられないように、言語では表現しつくせないような映画を撮りたいと思います。そういう映画こそわたしは貴いと思います。さもなくば、わたしは詩を書いている方がはるかにいいのです。
 レフ・トルストイは「考えたとおり、思ったとおりに書かねばならない」と語りました。映画ではそれが「撮る」という表現になりましょう。いったいなぜ、時々、映画に文学から借りた構成、形式、リズムが持ちこまれるのでしょうか? たとえば、なぜ映画は音楽によって構成されないのでしょうか。メロディは映画の意義を伝えたり、心理的な、さらに音響的なメッセージを表わすこともできます。


 記憶に残る作品と監督
 わたしがこれまでに深い印象を受けた映画にはイーゴリ・サフチェンコ監督の「ボグダン・フメリニツキー」(民族解放闘争のパトスや愛国心を描いたウクライナ映画)があります。サフチェンコ監督はエイゼンシュテインの映画芸術の原則に従い、まず、それらに合理的というより、情緒的なニュアンスを与えました。
 フェデリコ・フェリニの「道」。この映画は、磨きあげたあとの彫刻のように、さん然と輝いています。
 ミハイル・カラトーゾフとセルゲイ・ウルセフスキー。かれらの「戦争と貞操」は戦後のソビエト映画の傑作です。これは人間の感情を愛と思いやりで見事に描写したロシア文学の伝統にもかなった、非常にロシア的な作品です。
 これらの作品は−−わたしの世界でもあります。少くともわたしの世界の大部分なのです。映画監督としてのわたしに多大な影響を与えました。


 私の作品に反映している民族的な原点
    −−モルダヴィヤの自然、伝説、詩歌。
 これはいつも、わたしのなかに生きているものです。モルダヴィヤには山々や森があります。そこでは人々は「われわれはみんな、曠野(ステップ)から生れたのだ」とも言っています。ステップはわれわれの大切な空間です。あらゆることがいつも、われわれの眼前に広がっているのです。敵と戦いを交えても、勇猛心と剣でモルダヴィヤを守ってきました。人はもしあの開かれたステップに身をおいたら、もう自由になるのです。
 われわれのところには、沢山の古い墓があります。十字架はすぐにも土に埋もれてしまいましょう。そのかわり、われわれには吟遊の詩人がいます。かれらは自らの歌で、愛する人との、かれらが愛する空や大地との別離を耐えようとしました。詩歌は祭日のためでなく、日々そのもののためにありました。われわれは「モルダヴィヤのヴァイオリン弾き」撮影中にも、できるかぎり、民族学的な正確さを期そうとしました。今もなお、モルダヴィヤの家庭に残されている古い、貴重な櫃を覗いてみました。わたしは時に映画における民族学的な視点が快よく思われていないことがあるのを不思議に思います。そうしたものは、われわれの父たちが残した足跡だと考えます。


 わたしが映画で追求し続ける主人公たち
 わたしは平凡な人間の心の美しさにひきつけられます。それはヒロイックな場でも日常的な場でも発揮されます。ですから、わたしがひかれているのは、「赤い草原」の羊飼い、「モルダヴィヤのヴァイオリン弾き」の放浪の音楽家たち、そして激しい自由の魂を失わずにいる天幕の人々「ジプシーは空にきえる」のジプシーであり、さらに「この一瞬」に登場する反ファシズムの兵士たちなのです。


 映画で観客に語りかけたいこと
 美しい人々は時に、その時代や自らをとりまく環境をはるかに凌ぐことがあります。かれらの夢や、光を求める行動は必らずしも良い結果をもたらすものではありません。しかしかれらの人生は社会的な体験となり、人々の倫理感を豊かにもします。そうしたものの閃きの影を、わたしは自分の映画にとどめたいと思います。
 それはわたしにも貴重なものであるからです。もし、わたしがどんなものから感化を受けてきたかをたずねられたとしたら、わたしは自分自身をもの語らねばなりません……
おそらく、わたしはそのうち、どの作品かで、わたしの少年時代を語ることになるでしょう。


●1979年初公開時パンフレットより転載

『赤い草原』66年製作。ロチャヌー監督のその後の監督としての個性を裏づけることになった作品で、都会の青年と村の羊飼いの少女とのラブ・ストーリーを民族性豊かに描いている。
『この一瞬』69年製作。史実をもとに編まれた詩的な年代記とも言うべきもので、スペイン共和制のために闘う国際義勇軍のヒロイズムを描いた作品。かつて義勇軍に参加した
スペイン人や、ソビエトで生れたかれらの子供たちが出演しており、全ソ映画祭大賞を受賞した。
『モルダヴィヤのバイオリン弾き』72年製作。故郷の遠い昔に思いを馳せ、楽器を巧みにあやつって放浪に明け暮れながら、優れた詩を残したモルダヴィヤの吟遊詩人たちの生活を描いている。モルダヴィヤのさまざまな自然に、夏の陽ざしや冬の雪、秋の枯れ葉や咲きこぼれる春の花にも、故郷にひかれる放浪の詩人たちの心象が投影しているような作品であった。
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