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シチョールス
ЩОРС
Shchors

[かいせつ]
1941年スターリン賞第1席

 国内戦で果てたウクライナの若き赤軍将校を描く。
 1935年、"社会主義リアリズム路線"は、映画でも確認され、ワシーリエフ兄弟の「チャパーエフ」(1934)はその模範的な作品とされた。ドヴジェンコが「航空都市」を撮影中だったこの年の3月、共産党機関紙「プラウダ」は、「ウクライナのチャパーエフ」として、予定される映画の演出をめぐるスターリンとドブジェンコの対談を報じた。映画「シチョールス」は、スターリンお墨付きの社会主義リアリズム映画として、その製作前から政治的に宣伝されたのである。
 一方、1930年代後半は、対外的にはナチス・ドイツの脅威が高まり、国内的にはスターリンの大粛清が進んだ時期であった。これらのことは、映画製作のあらゆる段階で政治的な圧力の中にドヴジェンコをおくことになった。シチョールスと共に戦ったウクライナの革命家たちも粛清の対象となり、映画の登場人物たちは内容とともに大幅に変更されていった。ようやく映画製作に着手したものの、1938年夏、心労のためかドヴジェンコは心臓発作を起こし、製作は数ヶ月中断した。
 この作品のモデルとなったニコライ・シチョールスは、ソビエト国内、ウクライナにおいても余り知られた人物ではなかった。しかし、ドヴジェンコはこの作品でも故郷ウクライナの映画叙事詩として描き出し、革命の傑出した英雄像を作り上げた。

[あらすじ]
 1918年、ウクライナの農村ではパルチザンを組織してドイツ軍対抗したが、圧倒され、若き指揮官ミコラ・シチョールス率いる赤軍ボグン連隊への合流を決意する。
 一方、ボリシェヴィキは、ドイツ兵の間にドイツ国内での革命の噂を広める。ドイツ将校は動揺し、兵士は将校に祖国帰還を求めて蜂起する。この機にウクライナ解放を目指すシチョールスは、バリケードに立てこもるドイツ兵を説得し、ドイツ軍は彼らの祖国の革命のため帰国していく。
 なおも、シチョールスは首都解放を目指して進軍する。彼は、捕虜のコサック兵たちに革命の大義を説いて味方につけ、キエフを攻略した。
 そのキエフでは、軍資金調達を命じられた老闘士ボジェンコは、劇場にブルジョワを集め、機関銃を突きつけて金を出すよう求める。ボジェンコはまた、ブルジョワを皆殺しするよう主張するが、シチョールスは、彼らの英知や技術を学べ、と諭す。そして、ブルジョワの将校を教官とする軍学校を創設する。
 シチョールスの進軍は続くが、自身の負傷やボジェンコの妻が白衛軍に殺されるなど悲運にみまわれる。だが、新たな戦闘に奮起し、ポーランド軍との闘いに出発する。
 1919年夏、ウクライナを反革命軍が席捲する。この戦いで、ボジェンコが死んでしまう。ボジェンコの弔いもつかの間、軍学校の生徒を進撃させよとの命令が伝えられる。しかし、シチョールスはこれを拒絶し、生徒たちに未来を託したのだった。

[スタジオ/製作年] キエフスタジオ・1939年製作

[スタッフ]
監督・脚本:アレクサンドル・ドヴジェンコ
共同監督:ユーリヤ・ソンツェワ
撮影:ユーリー・エケリチク
美術:モリツ・ウマンスキー
音楽:ドミトリー・カバレフスキー

[キャスト]
ミコラ・シチョールス:エヴゲーニー・サモイロフ
ワシーリ・ボジェンコ:イワン・スクラートフ
ペトロ・チージ:フョードル・イシチェンコ
その祖父セヴェリン・チェルニャク:ルカ・リャシェンコ
ナースチャ:N・ニキーチナ
イサク・ティシレル:V・ドゥクレル
ヴルム:D・カドニコフ
ドイツ軍大佐:セルゲイ・コマロフ
ペトリューラ:ゲオルギー・ポレジャエフ

[ジャンル] 長編劇映画
[サイズ] 35mm / スタンダード / モノクロ
[上映時間] 1時間58分
[日本公開年・配給] 1999/11/7(Bunkamuraシアターコクーン)・第12回東京国際映画祭シネマプリズム「アレクサンドル・ドヴジェンコ特集」

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