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「ストーカー」(1981年10月31日発行)より転載
りでしよう。」
ゾーン・ダムのゆるやかな壁
 壁に凭れるように横になって休息
している教授。ちよっと体をもたげ
て辺りを見回し、また、横になる。
作家の声「初めてゾーンを踏査した。
これはビッグ・ニュースだ。テレビ
は騒ぐ。評判は高まる。月桂冠が運
ばれてくる。」
ゾーン・ダム
 ストーカー、水の流れが激しい堰
の傍の岩にうつ伏せに横になりなが
ら、ちょっとせきこんでいる。
作家の声「われわれの教授は白衣
をまとって現れ、厳粛な顔で神託を
お伝えになる。」
ゾーン・ダムのゆるやかな壁
 斜面に横になって体を休めている
教授。
作家の声「口あんぐりで聞いていた
皆は、やがて、ノーベル賞だと騒ぎ
だす。」
教授(横になったまま)「あきれたも
んだ。あんたは三文小説家にすぎん
よ。そんな発想ではね。便所の落書
きにも及ばない。」
作家の声「あんたの皮肉も、できが
悪いよ。」
ゾーン・水路
 黒い犬が水溜りを走って来る。
作家の声「的はずれだよ。」
教授の声「私がノーベル賞なら、君
は何だ?ゾーンで拾ったインスピレ
ーションを人類に贈りたいと言うの
か?」
ゾーン・ダム
 ストーカー、腕の上に顔を置き、
岩にうつ伏せになったままである。
作家の声「人類だなんて。その中の
一人にしか関心ないね……」
ゾーン・水路
 水面を透かして白い布や鏡の破片
が見える。
作家の声「自分のことさ。自分に何
か価値があるのか屑なのかって。」
 手の甲で額を支え、うつ伏せにな
っているストーカー。
教授の声「屑だと分ったら、どうす
るのかね?」
作家の声「アインシユタインの亜流
は黙っててくれ。あんたと論争なん
かしたくない。おい、そこの大将!」
 ストーカー、うつ伏せのまま、顔
を巡らす。
ゾーン・ダム
 苔むした石の上にあお向けになっ
ているストーカーの顔のクローズ・
アップ。やがて眼を開ける。
作家の声「ここには大勢、連れて来
ただろう。」
ストーカー「大勢じゃありません。」
作家の声「その連中は何をしにここ
へ来た?何を求めてだ?」
ストーカー「幸福のためでしよう。」
作家の声「幸福と言っても、いろい
ろあるぞ。」
ストーカー「そこまでは分りません。
個人の問題ですから。」
作家の声「君は恵まれてるよ。俺は
幸せな人間に会ったことがない。」
ストーカー(作家の方へ頭を巡らし
て)「私もです。"部屋"に入った人だ
って、瞬間に幸せになりませんし、
(再び、あお向けになって)帰った
ら、もう会いませんから。」
作家の声「君自身は入らないのかね?
幸せになれるのに。」
ストーカー「今のままでいいです。」
ゾーン・水路
 小さな島に横たわるストーカー。
黒い犬が近づいて来て、擦り寄るよ
うに脇に座る。
 横たわるストーカーの顔のクロー
ズ・アップ。寝返りを打つ。顔の回
りの水面を透かして、青銅の壜や新
間の紙片が見える。
 作家は顔の下に手を敷き、横向き
に寝たまま、時々まどろみながら話
をしている。
作家「ねえ、教授さん。さっき、イ
ンスピレーションの話をしたね。も
し私が、その"部屋"に入って、天
才作家となったとしようか。人間が
物を書くのは苦しみ、疑うからだ。
自分や周囲に、自分の価値を証明し
ようとするからだよ。自分が天才だ
と知れ渡ったら、何のため書く?
必要なかろう。私に言わせるなら、
そもそも、人間の存在は……」
教授の声「静かにしてくれ。眠りた
い。昨晩は一睡もしてないのでね。
そう言う話はもう……」
作家「いずれにせよ、あんたらの科
学技術など、溶鉱炉や車輪、その他
もろもろは、より少く働き、より多
く食らうための二次的なものだよ。
人類が存在するのは創造するためだ。
芸術作品をだよ。それは人間の他の
活動に較べれば無欲に近い。真理の
探求なんて無意味だ。錯党だよ。聞
いているのか?教授。」
教授の声「まだ飢えのために死ぬ人
間もいるんだぞ。君は地球の人間か?」
ゾーン・ダム
 教授は帽子を被ったまま横になり、
眼は閉じている。
作家の声「こんなのが頭脳貴族かい。
抽象思考に欠けてるよ。」
教授「さっきから、人生の意義を説
いてくれた上に思考法もかね。」
作家の声「説いても無駄さ。教授の
くせに無知だよ。」
ゾーン・川
 泡だらけの川。風が泡を吹き散ら
し、川に点在するあしの茂みが揺れ
ている。
ゾーン・水路
 頭の下に腕をあてがい、あお向け
に休んでいるストーカーの顔のクロ
ーズ・アップ。
妻の声「"私が見ていると大地震が
起って、太陽は毛織の荒布のように
黒くなり、月は血のようになり……」
ゾーン・水路
 ストーカー、うつ伏せになって眠
っている。
(画面は変ってモノクロとなる)
――ストーカーのあお向けの寝顔の
クローズ・アツプ。つづいて、水面
を透かして注射器、硬貨、聖像画、
白い布、古いカレンダーの紙片など
さまざまな物が映る。
妻の声「天の星は、いちじくの青い
実が、大風に揺られて振り落される
ように地に落ちた。天は巻物が巻か
れるように消えて行き、すべての山
と島とはその場所から移されてしま
った。(冷笑しながら)地の王たち、
高官、千卒長、富ある者、勇者、奴
隷、自由人らはほら穴や山の岩がげ
に身を隠した。そして山と岩とに向
って言った。御座にいます方の御顔
と小羊の怒りから、かくまってくれ。
御怒りの大いなる日が来たのだ。そ
の前に立つことができようか?」
 水面に見えるストーカーの手のク
ローズ・アップ。
ゾーン・水路(画面は再びカラー
となる)
 コンクリートの広場に座っていた
黒い犬、突然、立ちあがる。
 眠っているストーカー、夢うつつ
でため息をつきながら、日を覚まし、
上目づかいにちよつと見て、起きあ
がる。
ストーカー(つぶやく)「この日、ふ
たりの弟子が……」
ゾーン・ダム
 眠っている教授に重なるようにし
て横になっている作家。
ストーカーの声(つぶやくように)
「エルサレムから7マイルばかり離
れたエマオと云う村へ行きながら、
語りあい、論じあっていると、イエ
ス自身が近づいて来られた。しかし
彼らの目がさえぎられて、イエスを
認めることができなかった。」
 折り重なるように横たわっていた
作家と教授、すっかり目を党まし、
ストーカーに注視している。
ストーカーの声「イエスは彼らに言
われた。互いに語りあつているその
話は、何のことなのか?」
ゾーン・水路
 起きあがつて水面を見ていたスト
ーカー、いったん、後を振り返り、
また水面に眼をやる。
ストーカー「お目ざめですか?」
ゾーン・ダム
 苔むした岩と淀んだ流れから、カ
メラは水面に両岸の森の影を映した
川下へとパン。
ストーカーの声「さっき、あなた方
は芸術の無欲性についてお話しでし
たね。たとえば音楽です。現実と最
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