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「ストーカー」(1981年10月31日発行)より転載
 電話のベルが鳴っている。
 教授は立ちあがり、爆弾を解体し
始める。傍では作家とストーカーが
背中を寄せ合って坐りこんでいる。
 教授、解体した爆弾の部品を水溜
りに投げこむ。水がはねる大きな音
がする。
教授「私も分からなくなった。ここ
へ来る意味が……」
 爆弾をいじっていた教授も二人の
傍に腰を下ろし、三人は互に背中あ
わせに寄り沿って坐りこみ、暫く黙
して語らない。
 周囲に光が曳れて、水面が輝き、
やがて再び、あたりは暗くなる。
ストーカー「妻や娘と一緒に、ここ
へ移って来ようかな。ここで暮そう
か…… 誰もいないし…… 面倒も
ない。」
 三人の男たちは、"部屋"の前に、
互いに背を向けあったまま坐り、考
えこんでいる。
 ひとしきり雨が降って、"部屋"の
中の水面が波紋で光る。
 教授は相変らず、爆弾の部品を"部
屋"の水溜りに向って投げ棄ててい
る。
ゾーン・"部屋″(画面はモノクロ
に変る)
 水面を透かして映るタイル張りの
床のクローズ・アップ。水底には爆
弾の文字盤や部品が転がり、魚が泳
ぎまわっている。列車が通過する音
が聞こえ、水面がかすかに揺れる。
 重油が斑らに水面に拡がり始める。
汽車の轟音が大きくなり、それを掻
き消すように、ラヴェルのボレロの
調べがかぶる。
バーの入口
 汽車の音、遠去かる。
 ドアを開け放した戸口を通して、
ストーカーの妻が子供の松葉杖を外
のベンチの傍に立てかけ、女の子を
腰かけさせているのが見える。
 バーのマスターがカウンターに入
る。
 妻は入口へ通ずる階段を上って、
バーに入って来て、髪を整えながら、
奥のストーカーを見ている。
バー
 丸テープルに凭れている作家と教
授。傍の窓際にストーカーが立って
おり、犬に餌を与えている。
 かすかに汽笛が問こえる。
 妻は男たちの方へ歩み寄って来る。
「帰ったのね。どこの大?」
ストーカー「ついて来た。捨てるわ
けにもいくまい。」
 妻は夫の方へなお近づいて行く。
バーの入口
 ドアが開いた入口から、外のベン
チに腰かけた少女が見える。そのベ
ンチには松葉杖が立てかけてある。
 妻はカウンターのマスターの眼前
を通り過ぎて戸口へ行く。その後姿
をじっと見送るマスター。
 ニ人の男たち、黙々とテープルを
囲んでいる。作家はビールを飲む。
妻の声「犬は要りませんか?」
作家「家にも5、6匹いるよ。」
 ストーカー、外に出て行こうとす
る。
バーの入口
 ベンチに腰かけている少女の姿が
見える。妻は戸口まで来ると、後を
振り返る。
「犬がお好きなんですね。」
 黒い犬も戸口の方へ走り寄って来
る。
作家の声「えっ?」
「いいことですわ。」
 ストーカーは戸口でバックを妻に
渡し、二人は連れ立って外に出て行く
ストーカー「もういい、行こう。」
パー
 妻と一緒に立ち去るストーカーを、
テープルに凭れたまま見送る作家と
教授のクローズ・アップ。
 作家は煙草に火をつけ、テープル
を離れると、静かに窓辺に寄って行
く。窓際で煙草を吹かしながら、立
ち去る二人を疲れた表情で見送る作
家。
バーの前(画面はカラーに変る)
 スカーフを被った少女の顔のクロ
ーズ・アップ。
 ストーカーは娘を肩車に乗せて先
に立ち、妻は片手にバックを片手に
松葉杖を持って夫の後に従い、バー
の前の斜面の道を下りて行く。眼前
には沼のようにぬかるみが拡がり、
黒い犬がかれらの足もとをまるでじ
ゃれつく様に追っている。遠くには
工場の煙突が立ち並び、煙を吐いて
いる。
ストーカーの部屋
 深皿に妻がミルクを注いでいる。
犬が寄って来て、飲み始める。傍を
妻と、つづいてストーカーが通り過
ぎる。
 ストーカーはそこで、いきなり床
にあお向けに倒れて、息を詰まらせ
ながら話し始める。
ストーカー(寝たまま)「今度ばかり
は疲れた。苦しかったよ。あんな作
家や学者ども、何がインテリだ!
(挙で激しく床をたたく)」
妻の声「落着いて。」
 横になったストーカーの傍に膝ま
づき、不安そうに夫を見ている妻。
ストーカー「何も信じてないんだ。
奴らの体中の器官は委縮しちまって
るんだ。」
妻(膝まずいたまま)「落着いて。」
ストーカー「骨折り損だった。」
 妻はなだめるように話しかけなが
ら、夫を抱え起す。
「さあ、ベットに寝てちょうだい。
起きてよ。こんな所に寝ないで。」
 ストーカー、妻に肩を支えられな
がら歩きだす。
(上衣を脱がせながら)「脱いで。」
 ストーカー、ベットまで来ると、
ベットに腰かけ、妻に助けられなが
ら、靴とズボンを脱いで横になる。
妻は夫にそっと毛布をかけ、夫の傍
に自分も腰を下ろし、夫の顔に見入
る。
ストーカー「何て奴らだ!」
「かわいそうな人たちなのよ。同
情してあげなくちゃ。」
 妻はポケットから薬を取り出し、
ストーカーに飲ませる。
妻はハンカチで夫の額の汗を拭い、
いたわるように頬をさすっている。
ストーカー(むせびながら)「うつろ
な眼だったろう。自分を売りこむこ
としか、奴らは考えてないんだ。考
えるのも金づくだ。それで妙な使命
感を持ってやがる。あんな浅知恵で
何が信じられるもんか?」
 枕に横たえたストーカーの顔のク
ローズ・アップ。妻の手が頼を伝う
汗と涙を拭っている。
妻の声「さあ、もう落着いて。少し
眠ったほうがいいわ。」
ストーカー(絶望的な表情で、むせ
びつつ)「誰も信じようとしない。あ
の二人だけじゃない。誰を連れて行
く? いちばん恐ろしいことは、誰
にもあの"部屋"が必要ないことだ。
俺の努力は無駄なんだ。」
妻の声「そんなふうに考えないで。」
ストーカー「もう、誰も違れて行か
ん。」
妻の声「私が一緒に行ってあげても
いい。」
ストーカー「一緒に行く?」
妻の声「別に望みはないけど。」
ストーカー「ダメだ。ダメだよ。」
妻の声「どうして?」
ストーカー(眼差を大きく見開いて)
「絶対ダメだ。お前に、もしものこ
とが起ったら……」
 ストーカー、寝返りを打って顔を
そむける。
ストーカーの部屋の片隅
 妻は帰宅した時のまま、外套も脱
がず、窓辺に行き、そこから壁の前
まで戻り、椅子に腰かけると、煙草を
取り出し、訴えるように話し始める。
「母は、とっても反対したんです。
夫はああいう変った人でしょう。皆
の笑い者になって。のろまで哀れな
人でした。(口にくわえた煙草にマッ
チで火をつけようとしながら)母は
言いました。"ストーカーよ。かれは
呪われた永遠の囚人よ。ろくな子供
は生れない"って。私は答えられま
せんでした。(マッチ箱を手で玩びな
がら)彼と結婚したら大変だろうっ
て言うことも、覚悟していました。
でも好きになったんだから仕方あり
ません。苦しむだろうけど、苦しみ
の中の幸せのほうが単調な暮しより、
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