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「火の馬」(1991年4月26日発行)より転載 |
通って行く。 イワンがミーコを引き止めるよう に声をかける。 イワン「お前だけでも、本当のこと を言ってくれ」 イワンがまわりを見まわす。 イワン「谷の方では何かあったの か?」 ミーコが小屋の壁に枯枝の束をた てかける。 イワン「ミーコ」 ミーコ、しきりに河の方角を指差 す。 ミーコ「工、工、工、オ、オ、オ」 イワン、とど松の林の中を走って 河辺に降りて行く。 ●たいまつの火が点減する河畔 たいまつを手にした人達が、チェ レモシ河に沿ってあちこち歩きま わっている。誰かを探している。 祈りの声が聞こえてくる。 祈りの声「マリーチカ、マリーチ カ、汝は若くして溺死せり」 岸辺にイワン、走り寄る。他人の たいまつを取りあげて河に入る。 グチェニュクの妻が斜面を河に 向って走リ下りる。 彼女を女達が止める。 グチェニュクの妻「うちの娘を探し ているのです」 グチェニュク「待てよ、あそこに… …待てよ」 イワン、河の中に入っていく。岸 辺を走る人影。 ●河を下る筏 河を筏が下っていく。イワンがフ ラフラしながら乗り移る。よろめき ながらたいまつを河の中に投げすて る。 号泣しながら濡れた筏の上に倒 れ、悲しみにもだえる。 ●流れがおだやかになった河畔、朝 筏の上で老いたグツール人がフロ ヤール(民族楽器)を吹く。イワン 立ち上がる。 岸では女達がマリーチカの屍に頭 を垂れている。 女の声「お前は何と言う死にざまを ……」 イワン、筏をつたって走る。 女の声「何でお前さんは、無駄死を してあの世に行ってしまった」 イワンがチェレモシ河の急流に沿 って浅瀬を歩き、マリーチカの亡骸 の置かれた河岸に近づく。 女の声「おお、可愛い娘よ、若くて まだ、これからだと言うのに、この 世を捨てたりして…」 イワン、岸に上る。 女の声「とんでもない死に方をした もんで、可愛そうに……」 |
イワン、岸辺の岩に腰を下ろす。 人々は立ち去り始める。 イワン、横たわるマリーチカを じっと見ている。 ●丘の上にたつ十字架 丘の上でイワンが墓に十年架を立 てている。 やがて斜面を下りて岩の上に腰を 下ろす。何か気配を感じて立ち上が り、その方を見ると、十字架のそば に鹿が立っている。イワンが近づい て掴まえようとすると、鹿は逃げ る。 イワン、ひとり残る。 タイトル「人々は彼が大きな悲しみ のあまり死んだと思った …そして少女たちは彼ら の愛を歌にしたのであ る」 タイトル「孤 独」 ●羊飼いの小屋 風が家畜小屋の扉をたたいてい る。その扉の向うに牧夫達が見え る。 声「ミコーラ、ドミトリー、さあ行 こう」 声「クリヴォニ・ポーレのおれの家 に来てくれ。おれ、結婚するんだ」 イワンの声「大きに有難う。ひまが 出来たら必ず行きます」 声「ドミトリー、夜は家に来てく れ」 声「さ、みんな行こうか」 イワン「では、お気をつけて、ご主人 様、さようなら」 声「イワン、火を消さないで、ひと りで消えるはずだから」 イワン「わかってます。有難うござ います」 ●堀立小屋の外 庭の外塀の向こうから二人の女の 声が聞こえる。 甲「エフドーシカ、元気?」 乙「元気よ、あんたは元気?」 甲「エフドーシカ、あんた聞いた? パリーチュクのこと?」 乙「どうしたの?」 甲「イワンコを見てごらんよ、あそ この壁のところに立ってるよ」 乙「あれがそうなの?」 甲「イワンコよ」 乙「まあ、おどろいた」 甲「とても美男子だったのに、今 じゃ可愛そうに、ヒゲぼうぼう、破 れた着物を着て、きたならしくし て、年寄りみたい」 乙「まあ、ひどい」 甲「ごらんなさいよ。あそこには、 |
おかみさんがいたのにね。家はすっ かり壊れてしまって、凍りついてい るし、父親は教会で殺されてしまっ た。身内の者は一人もいなくなって しまったのよ」 羊につけていた鈴をイワンが壁に かけ、塀の外に出て行く。 二人の女が話しつづける。 乙「私、きいたけど、あの人が家畜 を売ったとき、すっかり売り払っ て、羊が一匹だけ……」 イワンは戸口に丸太を打ちつけ、 袋を持ち、しばらく立っていたが、 やがて去って行く。 イワンに気がついて女達は小さい 声でささやき合う。 声「すっかり落ちぶれ果てて、可愛 そうに」 声「あんなに立派な若者だったの に、今じゃ……」 ●ユダヤ人墓地 雪に埋まった墓地でイワンが墓穴 を掘っている。 二人の男の声が聞こえる。 甲「お元気ですか?」 乙「ああ元気だ、君も元気かね、君 は何の用事で?そしてどこから来た のかね?」 甲「クートィから来たんです。あそ このアルメニヤの商人のところで、 カワウソとテンの皮を売って、コ ショウを買って、そこから家に帰る 途中なんですが、ところがですね、 墓地のことろで、イワン・パリー チュクを見たんですよ、あの人知っ てますか?」 乙「知ってるよ」 甲「何か、穴を掘ってたが、よごれ て見るのも気持ち悪い位でした。一 体、どうしたんですか」 乙「いいか、ドミトリー、恥になる ことだから、誰にも言わないよう に。あれは女に惚れたから、こんな ことになったんだよ」 ●氷の流れる河畔 氷が溶け始めた河。イワンが氷の 上に膝をついている。イワンがシャ ツを脱いで河で洗濯している。 老婆の声が聞こえる。 声「ああ、春がやって来て、陽気が 心地よい。水が流れて行く。以前の イワンコは何処にいるんだろう。彼 にシャツを洗ってくれる人はいない のかしら?食事を作ってくれる人も いないのかしら?みんなのところに 彼を連れもどしてくれる人はいない のかしら?家には誰もいなくなって しまう。彼が帰ってくれば、我々が 皆で力になってやるのに。彼は恋を したばかりにこんなことになってし まって」 |
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