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「グリゴーリー・チュフライの世界」(1990年5月25日発行)より転載
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●「おじいさんとおばあさんが
住んでいました」撮影中の
スナップ
●「記憶」撮影中のスナップ

代の、まともな人間に特徴的な考え方だと
思われます。しかし、恥ずかしいという感情
は、その恥ずかしい事に対して、自分も責任
の一端を担っているという自覚がある場合に
のみ、抱くものではないのですか?まさか、
あなたは、ヒットラーや、ポルポトや、スターリ
ンのことで、自分が恥ずかしいとは思わない
でしょう?例えば、私はブレジネフのことで
自分が恥ずかしいと思ったことはありませ
ん。テレビや新聞を見るのが不愉快だった
だけです。私が選挙したのでもない党の指
導部が行うことに対して、党員でもない私が
何の責任を感じる必要があるというのですか?
――
 ヒットラーや、ポルポトや、スターリンの
ことで、私が恥ずかしいはずがない、という
ご指摘は、当たっていません。私は世のを、
傍観者のように、第三者的に見下すような見
方はしません。私は世界で起こる全てのこと
に対して、自分のかかわりと責任を感じます。
あなたのような物の考え方をなさる方には、
私のこのような人生観は奇異に、虚偽的とさ
え感じられるかもしれません。でも、もし私
の人生観がこうでなかったら、私はこれまで
撮ってきたような映画は、一本も作らなかっ
たでしょう。それとも、あなたは、映画の構
想というものは、理論の組立から生まれると
でも思っていらっしゃるのですか?ある人が、
別の人を殺す、愛している相手でさえ殺す、
ということを、恥ずかしいことと感じなかっ
たら、私が「女狙撃兵マリュートカ」を作っ
たでしょうか?ヒットラーのことが恥ずかし
くなかったら、私は「記憶」という映画は作
らなかったでしょう。スターリンの犯した罪
に無関心であったなら、何のために私は「晴
れた空」を作ったでしょう?私の映画には何
かを摘発するような調子はありません。私は
告発者の姿勢をとりたくありません。進歩的
だという評判を得るために、安全な場所から
他人の悪事を暴く集団にいるのは、恥ずかし
いことです。
 映画ドームで「晴れた空」のプレミアが行
われた後、私は何人かの監督仲間に囲まれま
した。スターリンを告発した私のやり方が不
十分だと言うのです。彼らは拳を振り回しな
がら、スターリンの悪事を、どう暴くべきで
あったかを、熱心に言い立てるのでした。
“そう思われるのでしたら、ご自分でどう
ぞ。だれも邪魔だてする人はいませんよ。”
私はただ肩をすくめてそう言うほかありませ
んでした。それなのに、あれから四半世紀も
たってからようやくです、テンギス・アプ
ラーゼのあの素晴らしい作品「繊悔」が作ら
れたのは。
 「記憶」という映画のナレーションを作る
とき、私は告発的語調にならないように、細
心の注意をはらいました。ドイツ人を告発す
るのは恥ずかしいと思いました。あの人たち
も我々同様、だまされていたのです。
 私のような生き方を押しつけるつもりはあ
りません。生き方の選択は各個人の問題です

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