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「ふたりの駅」パンフレット(1985年10月12日発行)より転載
でしょうか?それがあるのです。それを見つけることこ
そがこの主人公たちの精神的復活なのです。この映画を
見て下さった人々に、かくも似つかわしくない2人の間
に愛が芽ばえ得ることを納得してもらうこと、これが僕
たちの課題でした。
 この脚本を僕たちは最初もちろんコメディーのつもり
で書きました。ところが撮影が刑務所の場面から始めら
れたのです。これはセットではなく、実際に刑に服して
いる人々もまじえて行われました。その印象に圧倒され
て、僕たちは意識的に滑稽な場面を減らしました。その
結果、この作品はコメディーというよりも、ドラマに近
いものになりました。但し、これは今に始まったことで
はありません。僕たちは純粋なコメディーを書いたこと
はありません。注意深く見て頂けばわかりますが、僕た
ちのコメディーの主題は概ね暗いのです。
リャザーノフ:
 ―僕は、観客の皆さんが映画の終りでは泣いて、途中
では大いに笑ってくれる、というのが理想なのです。そ
れと、日常生活の重圧とか不運のために表に出ないこと
もあるけれど、人は皆隠れた美しさを秘めているもの
であって、それを見つけ出すことが大切なのだというこ
とをわかって頂きたいのです。どの人も皆輝くものを持
っています。それを捜し出すことが僕の課題です。この
映画でも、2人の主人公の本当の姿を明らかにしたいの
です。
最後にコメディーについて
リャザーノフ:
 ―僕がコメディーを作る場合、笑わせることは常に二
の次と考えます。コメディーは、お笑いや慰みであって
はなりません。日常生活をありのままに、人物は生き生
きと描き、人々が今現在関心を持っている諸問題を取り
上げる。コメディーを書き、上演し、演じる者は真実を
恐れてはなりません。真実のみがコメディーに高い芸術
性を与えるのです。
 僕たちの作品には人を慰める要素があると言われるこ
とがあります。正しい指適だと思います。人を元気付け
ることは良い事ですし、人を助けることができればさら
に良いです。芸術は人を助けるものであり、コメディー
はその一つの手段です。笑いを通じて読者や観客の心に
より速く近ずくことができるのです。それでも、コメデ
ィーに盛られる思想や理念は、小説、脚本、戯曲の別を
問わず、コメディー以外のジャンルに盛られるものと同
じく、まじめで深遠なものでなければなりません。
 僕の考えでは、コメディーというのは、笑わせるだけ
でなく、悲しませることも必要だと思います。観客とし
てでしたら、僕は、軽妙で娯楽的で、良質のユーモアの
漂う作品が好きです。しかし、作る側としての僕が目ざ
すのは、問題をはらんだ、知恵のある、繊細なコメディ
ーなのです。僕の近著に「コメディーの悲しい顔」とい
う題をつけたのもそのためです。
ブラギンスキー:
 ―リャザーノフの言う通りです。笑いのための笑いで
はなく、人々の心を結びつけるための手段としての笑い
です。最も重要なのは人間性です。

("ソユーズインフォルムキノ"の月報よりの抄訳
インタビュアー シーマ・ベレザンスカヤ)

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