いな女はゴマンといるぞ。よく考えろ
よ」
プラトンは起き上ってはアンドレイ
に挑戦しようとするがアンドレイの腕
力にはかなわない。
アンドレイ「(向ってくるプラトンに)
ひょっとして俺のこと捜してんじゃな
いか?」
再び突き飛ばされるプラトン。騒然
とする。
食事中の客の視線が宴会コーナーに
集まる。
アンドレイ「(ヴェーラに)あとで泣
いて頼んでもダメだぞ。いいな?」
調理場の方からトランクを取返して
きたアンドレイ、プラトンが起き上ろ
うとするところへ現れ――
「静かに。かわいい坊や、来な。おと
なしくしな。(ヴェーラに)もういいか
? 」
ヴェーラ「分ったわ」
アンドレイ「(プラトンに)お前は何者
だ?」
プラトン「(やっと起き上って)ピアニ
ストだ」
●宴会コーナー・テーブルの側
テーブルの側にうずくまっているプ
ラトン。
守衛につづき、警官が笛を吹きなが
らやってくる。
アンドレイ「(警官に向って)やあ」
ニコラーシャ「どうした?」
アンドレイ「何でもないよ。異常なし」
ニコラーシャ「(うつ向いているプラト
ンに)どうしました?」
アンドレイ「踊ってて机の角にぶつか
ったんだよ」
ニコラーシャ「目の回りのあざは?」
アンドレイ「サラダを踏んで滑ってね」
アンドレイ、ヴェーラやプラトンに
金を手渡し、ヴェーラに捨てゼリフを
吐くと立ち去る。
アンドレイ「(ヴェーラのポケットに金
を忍ばせ)皿の破損代だ。取っとけ。
(さらに別にプラトンに)これは、お
前にだ。(プラトンのポケットにも金を
突っこみ)治療費だよ。(守衛に、置いて
あるトランクを指し示し)片づけてく
れ」
洋服の塵を払いながら起き上るプラ
トン、ポケットの紙幣を丸めて投げ捨
て、警官や集ってきたウェートレスに
「大丈夫。大丈夫。ありがとう」
●宴会ヨーナー・仕切りの前
プラトン、立ち尽してむせび泣くヴ
ェーラに近づき、愛じむようにかき抱
く 。
プラトン「(項だれたまま)ぶざまだね」
ヴェーラ「(むせびながら)どこまで切
符、買えばいいの?」
プラトン「グリボエードフ。そしてモ
スクワ」
思わず、我に返ったヴェーラ、プラ
トンの手を振りほどくようにして――
「天気予報の君の所へね。嘘っぱちの
予報でもいいんだわ。分ってるわ。さ |
わらないで」
●レストラン・入口の姿見の前
顔の傷を拭っているプラトン。守衛
が後にまわってプラトンの洋服の塵を
払っている。
壁に取りつけた拡声器から行進曲が
聞こえてくる。
●矯正労働収容所・回想
収容所内の楽団でプラトンが管楽器
を演奏している光景
●レストラン・姿見の前
プラトンのために切符を買って戻っ
てきたヴェーラ、まえかけをはずすと
プラトンを促してアーケードの方へ出
て行く。
ヴェーラ「切符よ。汽車は40分後。話
したいことがあるの」
●アーケード
歩きながら話し続ける2人。ヴェー
ラはだんだん興奮してくる。
ヴェーラ「奥さんと話したわ。電話で。
ご免なさい。我慢できなくて。意外な
こと言ったわ。あなたが轢いたって」
プラトン「そう言うの当然だろう。ど
この誰か分らないし」
ヴェーラ「自分は車の運転できないっ
て」
プラトン「(ちょっと驚いた表情で)運
転できないって?家内が?」
ヴェーラ「言ったわ、はっきり」
プラトン「(弁解するように)そうだ。
調書にも、そう書いてある。変更はで
きない」
ヴェーラ「(涙声で)こんな事があって
いいの? 罪もないのに…」
立ち話をしている2人を引きさくよ
うに電動運搬車が通り過ぎる。荷台に
隔てられてもどかしげな2人、運搬車
が通過するや駆け寄って抱き合う。
●プラットホーム・階段
プラットホームヘ列車が入ってくる。
プラトンとヴェーラ、階段の下り口
に立ち止まり、別れを惜しむ。
ヴェーラ「あの汽車よ」
プラトン「(周囲を見回して街にも別れ
を告げるように)来たか…」
ヴェーラ「私のこと許してね」
プラトン「僕のほうこそ。楽しかった
よ。とっても。すばらしかった」
ヴェーラ、満面に微笑をたたえ、握
手しながら――
「楽しかったわ。気をつけてね。お元
気で」
プラトン「君もね」
ヴェーラ「がんばるわ。(プラトンを促
すように)また乗り遅れるわよ」
プラトン「(再び握手し)ありがとう。
もう一度」
皆段を駆け下りるプラトン。
ヴェーラ「(階段の上から)7号車よ。
2等で悪いけど」
プラトン「(振り返って)じき2等以下
の生活になるよ」
●プラツトホーム
列車に乗り込むプラトン。
プラトン、発車した列車の降車口に |
身を乗り出してヴェーラを眼で追って
いる。
●陸橋
ヴェーラ、上から列車を一瞥するが、
プラトンの面影を振り払うように、
走り去る列車には目もくれず、陸橋を
ひたすら足早に渡って行く。
●雪原・一軒家の戸口
プラトン、修繕が終ったアコーディ
オンを持って家を出る。
プラトン「じゃ、持って帰るよ」
男の声「食事して行け」
プラトン「家内が面会に来てるんだ」
プラトン、通りがかりの女に道を訊
ねる。一面、闇の雪原が拡がっている。
●明りが点る一軒家
プラトン、戸を開けて中に入る。人
影はないが奥の部屋のテーブルには夕
食の料理が整っている。
プラトン、手近な所にある果物をポ
ケットにしまいこみ、それから食卓に
つく。
牛乳の器を手にしたヴェーラ、家に
入ってきて食卓に向っているプラトン
の後姿を見つけ、部屋のしきいに立ち
止まる。人の気配に振り向くプラトン、
ヴェーラをまのあたりにするや、驚い
て食物を喉につまらせる。走り寄って
プラトンの背中を叩くヴェーラ。
2人は黙したまま、ヴェーラは外套
を脱いでかいがいしくプラトンに世話
をやき、プラトンは夢中で食べている。
プラトン「(肉料理を見てもったいぶっ
て)焦げてるぞ。じろじろ見るなよ」
ヴェーラ「(料理をすすめ)もっと食べ
て」
●テーブル
ひとわたり食べ終ったプラトンの傍
にヴェーラが身をすり寄せて腰かけ、
2人は話し始める。
プラトン「もう充分だ。来る必要なか
ったのに」
ヴェーラ「なぜ?」
プラトン「身分が違う。君は?」
ヴェーラ「ウェートレス」
プラトン「僕はとるにたりない掃除夫
だ」
ヴェーラ「掃除夫?本当?ピアニスト
かと思ったら掃除夫になっていたのね」
プラトン「うん、釣り合わないよ。ま
た食べたくなった」
ヴェーラ「(再び食べ始めたプラトン
に)おいしい?」
プラトン「とっても」
ヴェーラ「よかったわ」
抱擁し合う2人。
●寝室のベット
番いの白鳥の絵の壁掛けのある部屋。
べットにヴェーラとプラトンが身を寄
せ合って寝ていると朝陽を受けて明る
くなったテーブルの上には目覚まし時
計がある。時計はすでに7時半をまわ
っている。
ヴェーラ「(べットから跳ね起きて)起
きて!7時20分前よ。寝すごしたんだ
わ。さあ、急いで!」 |