ДЯДЯ ВАНЯ
19世紀末、ロシアの歴史にもまれにみる空虚と無理想の一時期のロシア・インテリゲンチャの生活を描き、人間の孤独と人間心理の深奥を見事に照らしだしたチェーホフの名戯曲の映画化で、ソビエトでも芝居ではたびたび上演されているが、映画化はこれが始めてである。
痛風病みの老教授と若く優美なその後妻、一生を領地の経営にささげ、青春と若さをむなしく失ってゆくワーニャ、暖かい愛と宗教的な忍従の心を兼ねた美しい魂の持ち主ソーニャ、絶望しながらも、未来への希望をのこして田舎で働き続ける医師アーストロフ。
こうした対照的な人物配置の上に、チェーホフは独特の静劇の世界を築きあげている。
「貴族の巣」(1969)で知られるアンドレイ・ミハルコフ=コンチャロフスキー監督は、チェーホフの主人公たちを現代人の眼で見つめ、この戯曲が持つアクチュアルな側面と驚嘆すべき現代性を見事に浮彫りしている。
ワーニャ伯父さんには、ソビエトで最もポピュラーな俳優の一人で「罪と罰」(1970)「チャイコフスキー」(1970)などの名演技で世界的な名声をはくしているインノケンティ・スモクトゥノフスキーが紛している。この戯曲の映画化をコンチャロフスキーにすすめたのは彼自身である。
医師アーストロフには「人間の運命」(1960)「戦争と平和」(1965〜67)の主演俳優と監督、 「ワーテルロー」の監督として知られるセルゲイ・ボンダルチュクで、彼は自からこの役に惚れこんで取り組んでいる。
ソーニャには「貴族の巣」でツルゲーネフのヒロインを演じ映画界にデビューしたイリーナ・クプチェンコで、彼女は古典のロマンとそれを現代に映画化する意味を深く理解し、“清純な魂”を持ち続けるソーニャ役を繊細な演技で演じ切っている。
若く妖艶な後妻エレーナ役のイリーナ・ミロシニチェンコはモスクワ芸術座では数多くの舞台を踏んでおり、チェーホフ作品では、“かもめ”のマーシャ“三人姉妹”のオリガなどがあり、映画では「バルカン要塞の黒鮫」(1967)「カブールの密使」等に出演している。
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