アカーキー・アカーキエビチ・バシマチキンは、小役人で、ペテルブルグのとある役所で代書係として働いていました。収入は乏しく、独りで粗末な部屋を借り、うすくなった頭髪をなでながら、淋しく暮しています。生まれた時からの貧しさが、日かげの生活が、バシマチキンを無気力にしていました。服装も身すぼらしく、彼の唯一つの夢は、外套を新調することでした。
食費や洗濯代、薪代からローソク代など、あらゆるものを節約し、代書のアルバイトを夜遅くまでやって、せっせと金をため、新しい外套を買うことだけに、彼は夢中になったのです。ようやくのことで、立派な外套を新調することができました。バシマチキンは喜びました。もう出勤の朝、吹雪にさらされても困らない、一生のうちに、こんな幸福があったか、と彼は浮きたつ心を押えることも知りませんでした。
翌日、バシマチキンは早速、新調の立派な外套を着て胸を張って出勤しました。普段は彼を馬鹿にし、からかっていた職場の同僚たちが、外套新調を祝う会を開いてくれるといいます。彼は、いそいそと祝賀会に出掛けました。楽しい時間でした。その夜、家に帰る途中、人気の無い淋しい裏道で、バシマチキンは強盗に襲われます。そして、あろうことか大切な新調の外套を剥がされてしまったのです。悲嘆にくれた彼は、高官を訪ねて、何んとかして強盗を捕えてほしいとい必死になつて頼みこみますが、高官は、身すぼらしいバシマチキンの意も介せず、気嫌悪く、叱り飛ばして追い出してしまいます。 一生にただ一回の夢、新しい外套を着る幸福を、あっという間に奪われたバシマチキンは、そのまま病床に伏し、やがて、あっけなく死んでしまいました。
ところが、妙な噂がたち始めました。バシマチキンの幽霊が、夜な夜な、淋しい裏通りに出て人を襲うというのです。高官はなんともいうこともなしに、おぴえましたた。白い闇に吹きつける雪の音は、まるで、バシマチキンの泣き声のようでした……。 |