アレクサンドル2世の自由化政策の一環として、1856年、ゴンチャロフは文部省に転じて検閲官に起用されます。このことは文壇の不評を買うことになり、彼を孤立させてしまいます。失意の中の1857年夏、マリエンバートで休暇を過していたゴンチャロフは創作力の高まりを覚え、『オブローモフ』を一気に書き上げました。
ゴンチャロフは、1849年に雑誌『同時代人』に「オブローモフの夢」と題する短編を発表しています。少年の眼を通して当時の典型的なロシアの地主の生活を描いたこの断片は、長編小説『オブローモフ』を予告していたものと考えられています。
小説は、サンクトペテルプルグに住む32・33歳の独身貴族イワン・イリイチ・オブローモフの生活の描写から始まります。彼は、人並みはずれた善良さと高度の知性を持っているにもかかわらず、家父長制の残るボルガ河畔の領地で農奴にかしずかれ、甘やかされて育ったために、自分では靴や靴下もはけない、というほど生活能力を欠いています。彼は、12年前にサンクトペテルブルクに出てきて、10等文官となりました。しかし、労働は退屈で不愉快なものと考える彼は、"安息と平穏な楽しみ"のために、2年ほど勤めた役所をやめ、その後は、父親から受け継いだ領地から送られてくる金で、従僕のザハールに身の回りの世話をしてもらいながらサンクトペテルプルグから一歩も出ずに孤独の内に暮しています。小説の第1部は半日たってもベッドから起き上らぬオブローモフのスケールの大きな無精さが描かれます。そして、人並みはずれた善良さとすぐれた資質を持ちながら絶望的な無気力の状態におちこんで行く主人公の姿が微細に語られます。
しかし、オブローモフも自分の怠惰な暮らしに満足している訳ではなく、むしろ苦悩していたのです。親友で活動的なブルジョアのシュトルツ、やがて恋心を抱くことになる進歩的な娘オリガの助けによって、怠惰から抜け出そうとします。オブローモフは、オリガを妻として領地で幸福な生活をおくることを夢みるようになります。オリガも彼の純真さにひかれます。しかし、自らの優柔不断のためにオブローモフは、彼らの友情や愛にも応えることが出来ず、ふたたび、以前の怠惰な生活に戻ってしまいます。最後は、家主のアガーフィヤ・プシェニーツィン未亡人と忠実な使用人夫婦から献身的な世話を受け、静かに生を終えます。 |