アメリカ映画音楽界の巨匠であり、「真昼の決闘」「紅の翼」「アラモ」など、幾多の名曲で知られたディミトリ・ティオムキンが故国に帰って総指揮をとり、「戦争と平和」「ヨーロッパの解放」「赤いテント」をはじめとする70ミリの華やかなスペクタクル大作で名声をかち得て絶頂期にあったソビエト映画界と、音楽、オペラ、バレエにかけては世界を圧倒していたソビエト音楽界が手を結んで、総力を結集させた超大作である。
この作品は、ロシアの広大な大地が生んだ偉大なる作曲家チャイコフスキーの半生を描いた伝記映画であるが、ただ単に彼の外面的な姿をとられただけでなく、名曲を生み出すまでの内面世界をとらえ、新鮮な魅力を持つ感動の人間ドラマとなっている。
同時に、チャイコフスキーの３つの愛と憂愁を描くロマンでもある。イタリア歌劇団のソプラノ歌手デジレ・アルトーとの結ばれぬ恋、音楽院の教え子アントニーナ・ミリューコワとの不幸な結婚、そして彼に経済的援助をつづけたフォン・メック夫人との13年間にわたる愛。ことにフォン・メック夫人とは長い歳月、一度も顔を合わせることなく、1200通の手紙のやりとりをしたのだったが、この秘めたる恋、一種のプラトニック・ラブが丹念に綴られ、深い感銘をあたえる。
ディミトリ・ティオムキンが、チャイコフスキーの伝記を映画化しようと思い立ったのは、第２次世界大戦以前のことだったという。最も完全で、最もチャイコフスキーの真髄にふれる映画を製作しよう、と心に誓ったティオムキンは、長年この企画を胸に秘め、時期の到来を待ち構えていた。ティオムキンにとって、チャイコフスキーの映画化は、かつて自分が亡命するために捨ててきた故郷ロシアにおいて製作する以外に考えられなかったからである。
“鉄のカーテン”“赤狩り”“冷戦”、苦難の時代を経て、米・ソ合作のプランをかかえて、ティオムキンがモスクワに乗り込んだのは、1964年。当初は、ソビエトとアメリカが、はじめて協力しあう画期的な大作として、ハリウッドのワーナー・ブラザーズとの合作が予定されていた。しかし、この話はこじれ、ティオムキンを総指揮ならびに音楽監督として招くことでソビエトの製作によることになった。以来、さまざまな話題を投げかけながら、撮影だけに、２年以上をついやし、パリ、ケンブリッジ（イギリス）などのロケも史実にそって忠実にとり入れ、のべ６年の歳月をヘて２時間30分の堂々たる70ミリ巨篇が生れたのであった。
この映画の製作にあたっては、当時のソビエト政府の女性・文化大臣、フールツェヴァのお声がかりで、全ソビエト音楽界から、これ以上は考えられないというほどの豪華メンバーが選びだされた。ボリショイ・オベラ、ボリショイ・バレエのメンバーはもちろんのこと、レニングラード管弦楽団はじめ、ソビエトが世界に誇る４大オーケストラが加わり、至宝ゲンナジー・ロジェストベンスキーなど３大指揮者によって、チャィコフスキーの名作14曲を最高の名演でサウンド・トラックに再現いている。ここには、もはや今日では、これを越えることはできないであろうと思われるソビエトの音楽、オペラ、バレエ芸術の見事な結晶があるといえよう。
監督のイーゴリ・タランキンは、日本に紹介されたのは、この作品がはじめてだったが、1960年代のソビエト映画界の新しい波を代表するひとりであり、ベネチアをはじめ、各国の有名映画祭で受賞を重ねる寡作ではあるが気鋭の監督であった。
脚本は、力強い人間性の描写に定評があるユーリー・ナギービンと、ブジミール・メタリニコフが、ソビエトで最も新しい解釈といわれるチャイコフスキー伝をもとに執筆。撮影監督のマルガリータ・ピリーヒナは、当時としても現在でも非常にめずらしい女流映画カメラマンで、華麗にして優美な画調がすばらしい。
 チャイコフスキーを演じているのは、「ハムレット」の名演でわが国にもなじみの深い、インノケンティ・スモクトノフスキー。
共演は、「戦争と平和」のアントニナ・シュラーノワと、ウラジスラフ・ストルジェリチク、「カラマーゾフの兄弟」のキリール・ラフロフなどわが国でも馴染みのある顔が多く、世界最高のプリマ・バレリーナと謳われた、マイヤ・プリセツカヤがチャイコフスキーの恋人役を演じ、かつ彼女の当り役「白鳥の湖」を踊っていることも話題となった。 |
