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ロマノフ王朝の最後
АГОНИЯ

モスフィルム・1981年製作 / シネマスコープ / カラー / 2時間29分
監督:エレム・クリモフ
エレム・クリモフ監督 1933年、スターリングラード(現ボルゴグラード)に生まれ。モスクワの航空大学を経て、国立映画大学監督科を卒業。国立映画大学在学中に「花むこ」他数篇の作品を監督し、その類い稀な才能は未来を嘱望されました。
 卒業後の長編処女作「ようこそ!または関係者以外立ち入り禁止」(1964)は、1966年カンヌにおける第7回青少年映画祭で審査員および父母賞を受賞し、注目を浴びました。しかし、続く第2作「歯科医の冒険」は一般公開を禁止され、以後、クリモフ監督は、文化官僚との軋轢に悩まされ続けることになりました。
 1970年には、俳優はひとりだけで他は全て素人という斬新な構成で「スポーツ、スポーツ、スポーツ」を完成。この作品は1970年リガにおける第3回スポーツ映画祭で監督賞を受賞、その他1972年クラリ(ユーゴスラビア)のスポーツ・旅行映画祭で監督賞、1973年のオベルハウゼン(西ドイツ)国際スポーツ映画祭でグランプリをそれぞれ受賞しました。
 夫人のラリーサ・シェピチコも監督でしたが、撮影中に事故死したため、彼女の遺作となった現代ソビエト作家V・ラスプーチン原作の映画化「別れ」(1981)を、ひきついで完成させました。彼女をめぐる作品「ラリーサ」は、1980年マンハイム国際映画祭で審査員特別賞を受賞しています。
 「ロマノフ王朝の最期」以後も、第2次世界大戦中の白ロシアにおけるナチ・ドイツ軍の残虐行為を、圧倒的な迫力で描いた「炎/628」は、国の内外でおおきな反響を巻き起こし、1985年モスクワ国際映画祭においてグランプリを受賞しました。
 ペレストロイカ(改革)期の数年間には、全ソ映画人同盟の第一書記長として映画組織の改革に腕をふるいました。
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