サンクト・ペテルブルグを巡る映画紀行>歴史と文化の都…>ロシア革命

 エイゼンシュテイン監督は、戦艦ポチョムキン」(1925年)と同様この作品でも徹底した記録映画的手法によっていて、クライマックスの冬宮襲撃をはじめ、7月のデモに対する血の弾圧、フィンランド駅前広場でのレーニンの演説などの群衆シーンが圧倒的な迫力で描かれています。その桁はずれのスケール大きさは、グリフィスの「イントレランス」(1916年)や後のセルゲイ・ボンダルチュク監督の「戦争と平和」(1965年〜67年)などとも勝るとも劣らない映画史上の超巨編となっています。
 同時に、ケレンスキーの登場やコルニーロフ将軍の反革命反乱、ソビエト大会でのメンシェヴィキ派の演説といったエピソードでは、例えば、コルニーロフの"神"を嘲弄するために、古来の"神"の偶像からキリストまでの"神"をモンタージュして見せるなど象徴的映像の組合わせから生じる心理的連想を用いた「知的モンタージュ」が実践されました。しかし、その複雑で難解な風刺スタイルは議論の的となりました。
 さらに、この映画は11月7日の十周年記念日に間に合うように完成されましたが、製作中にトロツキーが解任されるなどの政変があって、修正を強いられることになりました。結局、記念日の当日には部分的にしか上映されませんでした。1928年3月にトロツキーの登場場面などを含むカットを行って、初めて公開されました。1917年の10月革命で、レーニンに次いで最も重要な役割を果たしたトロツキーが登場しないという全体の構成は、この作品に禍根を残すことになりました。そして、それは後に政治に翻弄され続けることになるエイゼンシュテインの運命をも暗示していました。
 1967年の革命50周年を機会に、共同監督を勤めたアレクサンドロフが一部カットされていたフィルムを復元し、ショスタコーヴィチの音楽を加えたサウンド版を完成させました。
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