サンクト・ペテルブルグを巡る映画紀行>歴史と文化の都…

呼応計画 寝ていないで、起きなさい、巻き毛の娘さん
工場は音をたて
国は名誉を背負って立ち上がる
新しい1日に向かって……
(「呼応計画の歌」作詞:ボリス・コルニロフ 作曲:ドミトリー・ショスタコーヴィチ
 扇 千恵 訳[ソヴェート映画史−七つの時代]より)
 この作品は、トーキー初期のソビエト映画を代表する傑作です。映画のトーキー化は、世界各国で研究され、日本でも松竹が、土橋武夫・晴夫兄弟による土橋式トーキーで、邦画としては初の本格的トーキー「マダムと女房」を1931年に製作しています。ソビエトでは、1920年代の中ごろからモスクワ大学のタゲール教授によるものと、レニングラードのショーリン技師によるものとが、研究・開発されて競いあっていました。1928年には、両者が開発したシステムが、"タゲールフォン"、"ショーリノフォン"として認知され、以後、数年間はこの両方のシステムで、コンサート・フィルム、詩の朗読など実験的な試行錯誤が続きましたが、結局、レニングラードの"ショーリノフォン"が、ソビエト映画のトーキーとしての座を射止めました。
 1931年には、レニングラードの撮影所レンフィルムから本格的トーキー映画「女一人」(グリゴーリー・コージンツェフ、レオニード・トラウベルク共同監督)が発表されました。
 詩人ボリス・コロニコフの詞にドミトリー・ショスタコーヴィチが作曲した「呼応計画の歌」は、この映画のために作られたもので、当時の世相に受けて広く愛唱され、ソビエト・トーキー映画の最初のヒットソングとなりました。
 1930年代前半のソビエトは、工業化を目ざして策定した第1次5カ年計画の実行に邁進していました。この作品は、熱狂的で楽観的でさえあった、この計画をさらに超えた目標を自分たちに課して遂行しようとする労働者たちを描きだしています。彼らが、繰り広げた社会主義下の競争をテーマにした映画であり、1930年代の社会主義建設の断面を映す作品ともなっていることも見逃せません。
 共同監督となったこの映画では、フリードリヒ・エルムレル監督が旧い世代を演ずる俳優たちを演出し、セルゲイ・ユトケーヴィチ監督が若い俳優の演出にあたりました。映画では、社会主義建設に燃える若い世代と旧世代の労働者の断絶が描かれています。若い世代の労働者が人間味ある形象で示されます。また、老いた労働者が新しい時代に応じた人物に生まれ変わっていくまでを、帝政ロシア時代からの監督で俳優でもあるウラジーミル・ガルジンが好演しています。
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