ロシア映画社>特別企画>建都300周年記念「サンクト・ペテルブルグを巡る映画紀行」

 1703年5月、ネバ川のザーヤチイ島(兎島)に要塞が建設されました。要塞の公式の名称は、サンクト・ピーテルブルッフ。「サンクト」はロシア語で「聖」、「ピーテルブルッフ」はオランダ語で「ペテロの市」という意味があります。「ペテロ」は、ピョートル1世の守護聖人の名前であり、ピョートル自身をも表しています。これが、この都市の名前となりました。
 翌年には造船所が建設され、やがて、そのまわりに新しい都市が作られていきました。しかし、密林と湿地の不健康な土地での急ピッチな建設工事には、4万人の農奴と5000人の職人が動員され、「人間の骨の上に建てられた」といわれるほどの犠牲者を出しました。外国から数多くの技術者を招き、すみずみまで計画に沿って作られたこの都市は、建設が進むとともに、「ヨーロッパへの窓」として戦略と交易のうえで最も重要なものとなりました。
 1712年、首都がモスクワからこの地に移されました。
 1721年、長年にわたったスウェーデンとの戦いに勝利し、ロシアは北東ヨーロッパの盟主となりました。首都では1ヵ月間、勝利の祝典が続き、ピョートル1世に「大帝」の称号が与えられました。これによって、ロシアは皇帝が統治する「ロシア帝国」となりました。
 1724年、ピョートル大帝は、後継者を指名することなく、52歳で死去しました。このため、帝政は、その後の37年間に6人の皇帝が入れ替わるという不安定なものとなりましたが、新しい首都は発展を続けました。
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