リア王とならぶ主要人物コーディリアには、シチューキン演劇学校を卒業したばかりの新進女優バレンチナ・シェンドリコワが選ばれた。映画は初めてにもかかわらず《善意と知性》を兼ねそなえたコーディリアを見事に演じきって、大成功をおさめ、この後すぐに、巨匠ユーリー・ライズマンの『表敬訪間』に主演することになった。
その他の配役陣も、 「ハムレット」で王妃を演じたエルザ・ラジン、モスクワの″現代人劇場の女優兼演出家のガリーナ・ボルチェック、「惑星ソラリス」のドナータス・バニオニスなど、個性的で腕達者の面々をそろえて重厚な、作品に仕立てあげている。
撮影は、「ハムレット」で流麗な黒白撮影の粋を見せたイオナス・グリツュスが再びその名人芸を披露。特にシベリアで撮影された、すさまじいまでの雷雨シーンは映画史に残るほど。
美術は、コージンツェフ監督との名コンビにより数々の名作を手掛けたエフゲーニー・エネイが担当し、本物の石や木、鉄を使って本物以上にリアルな城壁や砦を構築して、中世英国の世界を再現している。これは、賛沢な製作に慣れていたはずのソ連映画界でも話題をよんだ。
音楽のドミトリー・ショスタコーヴィチは、今さらその説明の必要もない、現代音楽最大の巨匠である。映画音楽でも「ハムレット」など数々の名作を残しているが、この「リア王」でも、重厚でまた時として哀しいまでの音楽を作りあげている。演奏には、D・グルガット、N・ラビノビッチ指揮するレニングラード国立フィルハーモニー・オーケストラがあたり、ショスタコーヴィチの名曲を見事なまでに再現し、素晴しい音楽を聴かせてくれる。
撮影は、レンフィルム撮影所のステージと、サンクト・ペテルブルグからさほど遠くない古都イワンゴロドにある古い城砦を中心におこなわれ、さらに、クリミヤ半島のカザンティップ岬の草原やグゲスタンの峡谷などにもロケされたが、コージンツェフ監督がもう一つの撮影対象として"宇宙"をあげているほど、暗雲たれこめ、あるいははげしい稲妻の荒れ狂う大空までが、大きな効果をあげている。 |