ロシア映画社 > サンクト・ペテルブルグを巡る映画紀行 > 映画の都 レンフィルム

「マクシムの青年時代」(1934年 コージンツェフ/トラウベルク共同監督) 1934年、スターリンの粛清が始まり、ソビエトの社会に暗い影を落としはじめました。同じ年に第1回全ソ作家大会で、社会主義リアリズム路線が採択され、翌、1935年の第1回全ソ映画人創作会議では、エイゼンシュテインが厳しい批判を受けました。
 レンフィルムに集まった映画作家のグループは、10月革命後の社会主義革命に楽観的な希望を抱いていた時代に出来たものでした。彼らは、様々な流れに属し、各自も自身の考え方や好みを持ちながら、和気あいあいとした雰囲気を持っていました。このグループは、後に"レニングラード派"と呼ばれることになりましたが、彼らにも時代は、社会主義リアリズムへの対応を要求していました。
 レニングラード派は、「室内」志向、つまり、外界への広がりよりも、人間の精神生活の洞察を追求することに特徴があります。それは、ワシーリエフ兄弟の「チャパーエフ」の成功を皮切りに、レンフィルムの映画作家たちが、人間の精神の研究に真剣な取り組みを始めたことによっています。それ以前のソビエト映画の多くは、人々を単純に善と悪に分けて描いてきました。しかし、人間性とはそのように単純なものではなく、種々の心理的要素、態度、志向の組み合わせにより、様々な様相を表すことをレンフィルムに集う作家たちは悟ったのです。
 コージンツェフとトラウベルグが共同監督した、「マクシムの青年時代」(1934年)、「マクシムの帰還」(1936年)、「ウィボルグ地区」(1938年)は、大成功を収め、社会主義リアリズム路線の代表的傑作と呼ばれることになりました。
「ウィボルグ地区」(1938年 コージンツェフ/トラウベルク共同監督)
「ウィボルグ地区」(1938年 コージンツェフ/トラウベルク共同監督)
「ウィボルグ地区」(1938年 コージンツェフ/トラウベルク共同監督)
「ウィボルグ地区」(1938年 コージンツェフ/トラウベルク共同監督)
「ウィボルグ地区」(1938年 コージンツェフ/トラウベルク共同監督)
「ウィボルグ地区」(1938年 コージンツェフ/トラウベルク共同監督)
「ウィボルグ地区」(1938年 コージンツェフ/トラウベルク共同監督)
「ウィボルグ地区」(1938年 コージンツェフ/トラウベルク共同監督)
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ソヴェート映画史−七つの時代
服部美術館・特別展「レンフィルムの映画を描く」
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