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ロシア映画社・西日本 2003年6月

れた日は菜園をし、の日は画に想いを巡らす
明治・大正期に日本で公開されたロシア映画

1900年代後半

 日露戦争が終わると、またパテをはじめとするフランス映画がたくさん上映されています。戦争当時とは変わって、劇映画が多くなり、中には上映時間30分という当時としては破格の長編も公開されています。1908年(明治41年)には日本最初の映画撮影所も作られました。この時期のロシアものとしては以下が見出せます。

1907年(明治40年)
北海荒海の樺太ニシン漁
 横田商会提供
 1907/8/23 錦輝館封切(新輸入活動写真の一篇として)

1908年(明治41年)

露国義民伝
 横田商会提供
 1908/8/8錦輝館封切
「川下の自由民(ステンカラージン)」1908 この題名は"ステンカ・ラージン"を連想させられます。純粋のロシア人スタッフ製作による最初のロシア映画とされる「川下の自由民(ステンカ・ラージン)」は、1908年10月15日に本国で公開された、とソヴェート映画史―七つの時代には紹介されています。もし、外国で先に公開されたのだとしても、日本での公開時期が早すぎるような気がします。残念ながら、この作品は「川下の自由民(ステンカ・ラージン)」ではないのでしょう。


1909年(明治42年)
モスコーの大洪水
実写
1909/1/15小金井亭封切

先見者ロシヤ旅行
 横田商会提供
 外国劇
 1909/2/1富士館封切

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