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「ストーカー」(1981年10月31日発行)より転載
28 験とやらを重ねて、事実を見つけ出
すつもりか? 事実なんてものは、
ありゃしない。ゾーンだって、そう
だ。すべて誰かの、ばかげた思いつ
きさ。誰の思いつきか知りたいか?
ばからしい。そんな知識など、何の
役にも立たん。誰の良心が知識を求
めて痛む?俺になんぞ良心はない。
神経だけだ。どこかの阿呆に罵られ
て傷つき、別の阿呆に褒められて傷
つく。奴らは俺の魂も心も食いつく
すんだ。俺の捨てた恥まで食らう。
一人一人は教養もあるが、皆、感覚
的に飢えてるんだ。シャーナリスト
や編集者、批評家、次々と現われる
女たち、皆がまわりで騒ぎ立てる。
"原稿をよこせ、よこせ"だ。俺が
作家だなんて。書くことを嫌悪して
いる、この俺が。苦しみだ。病的で
恥ずべき行為だ。痔を押しつぶすよ
うな。俺は必要な人間だと思ってい
たが、全くの誤りだった。死ねば二
日後には忘れられる存在でしかない。
俺は世界を作り直そうとしたが反
対に作り直された。以前は未来が現
在の続きにすぎなかったが、地平線
のあたりで混乱して、未来は現在に
合流した。それが分ってるのか?連
中は食らうだけで知ろうとしない。」
ゾーン・ホール
 遠くに並んで立っている教授とス
トーカー、作家の話を聞いている。
ストーカー「運がいいですね。ここ
まで来られた……。百年は生きられ
ますよ。」
作家(立ちあがりながら)「永遠にで
はあるまいな。永遠は恐ろしい。」
 作家、砂山の間を縫うようにして、
ストーカーと教授のもとへ歩み寄っ
て行く。
ゾーン・電話のある部屋の前
 荒んだ建物のなか。小窓の傍に立
つストーカー。
ストーカー(作家に向って)「どうや
ら、あなたは素晴らしい人なんです
ね。あなたは苦難を乗り越えました。
あのパイプは恐ろしい場所です。肉
挽き機と呼ばれるほど。何人も殺さ
れました。(大きな窓のあるコンクリ
ートの壁に凭れかかりながら)ヤマ
アラシの弟もです。やさしい詩人で
した。彼の詩です。 "ひっそりと夏
は去った/暖いと言うだけでは淋し
い/楽しい夢が吐えられるとしても
/ただ、それだけでは淋しい/(壁
を背にして凭れ、朗誦するように)
善も悪も明るく燃え上る/ただ、そ
れだけでは淋しい/生は私をやさし
く包んでくれる/幸せと言うだけで
は淋しい/葉は焼かれず、枝も折ら
れないで/さわやかと言うだけでは
淋" とてもいい詩ではありません
か?」
作家の声「なぜ、そんな詩を聞かせ
る? くだらん。」
ストーカー(あらためて作家の方へ
向き直り)「嬉しいんですよ。皆が無
事にたどりつけるなんて、めったに
ないことなんです。」
作家(ストーカーの傍へ寄ってきて)
「うまく乗せたつもりでいるよ。お
だててもダメだ。知ってるぞ。マッ
チは二本とも長かった。」
ストーカー「いえ、おわかりになっ
てない……」
作家(ひとり、歩きながら)「分って
るさ。このろくでなしはあんたが気
に入ってるらしい……」
ストーカー(作家のま近に寄り、説
得するように)「どうしてそんなこと
を!」
ゾーン・電話のある部屋の傍
 レトルトが幾つも浮いている水面
に沿って黒い犬が走っている。
作家の声「気に入らん俺を、肉挽き
機に押しこんだってわけさ。貴様に
人の運命を決める権利があるのか?」
ゾーン・電話のある部屋
 窓際に作家とストーカーが立ち、
部屋の真ん中の椅子に教授が腰かけ
ている。二人の足もとには電話器が
ある。
ストーカー「そうじゃありません。」
 ストーカー、教授の横にしゃがみ
こむ。
作家(ストーカーに向って)「どうし
て長いマッチをつかませた?」
ストーカー「その前にゾーンが、あ
なたを通したからです。ゾーンがあ
なたを選んだんですよ。(突然、電話
のベルが鳴る)本当です。」
作家「だけど、そんなこと……」
 電話のベル、鳴りやまない。
ストーカー(話を続けて)「間違うと
恐ろしいので、私は人を選びません。
伝えるだけです。」
作家(受話器を取って)「違う。診療
所じゃない。(受話器を置き、再びス
トーカーに向かって)うまい言訳も
あるもんだな。」
 作家と教授、一瞬、電話が通じた
のにあらためて驚き、顔を見合わせ
ている。
 教授、電話器に手をかけようとす
る。
ストーカー(声を荒らげて)「いけま
せん!」
 教授がダイヤルを回すと、電話が
通じる。教授は電話器を手に抱え、
部屋から外に出て、しゃがみこんで
通話する。
教授「第九研究室を頼む。」
女の声「ちょっと、お待ち下さい。」
男の声「もしもし…」
教授「私だ。分るか?」
男の声「何だ?」
教授「君らが隠したものを見つけた
よ。古い建物の第四貯蔵庫でな。聞
いているか?」
男の声「保安部に通報するぞ。」
教授「ああ、いいとも。勝手に密告
でも何でもするがいい。ただし、も
う手遅れだよ。あと数歩の所へ来て
るんだ。聞いてるか?」
男の声「研究所はクピだぞ。」
教授「けっこう。」
男の声「どうなるか分ってるのか?」
教授「勝手にしろ。私は今まで遠慮
ばかりしてきた。君にもだ。今はも
う何も恐れてない。」
 教授は暫く、受話器を耳にあてた
まま、電話器の向こうの声に聞き入
っている。
男の声「大それたことをするな。奥
さんのことだろう。私と昔、関係が
あったから、今頃いやがらせする気
なんだな。卑劣な行為で気がすむな
ら勝手にしろ。」
 教授、受話器を耳から遠ざけて聞
いている。
男の声「だが、よく聞け。懲役なん
かではすまんぞ。一生、良心がとが
めるからな。便所で首を吊ってる姿
を思い浮かべるがいい。」
 教授、受話器を置いて電話を切る。
作家の声「何をする気だね?教授。」
 教授はその場で、急に雄弁になっ
て、確信ありげにしゃべりだす。
教授「皆が "部屋" を信じはじめた
ら、どうなる? ここへ殺到するだ
ろう。それは時間の問題だ。(二人が
いる部屋に戻りながら)それも千単
位で押しかける。没落した王や宗教
裁判官やヒトラーの同類や、それに、
さまざまな慈善家たちも、世界を改
良しようとして押しかけるだろう。」
ストーカー「そんな違中は……」
 教授は興奮気味に、部屋を歩き回
りながら話している。
教授「君だけがストーカーじゃない。
それに誰が何の目的で来るか、君ら
には分らんのだ。犯罪が増えている
のは君らのせいかもしれん。軍事ク
ーデター、政府内のマフイア、関係
ないか?レーザーに超バクテリア、
金庫に隠されている汚らわしいもろ
もろ、関係ないか?」
作家(窓の外に顔をそむけながら)
「いい加減にしてくれ。そんなこと
信じてるのか?」
教授「いい話は信じないが、恐ろし
い話だからね。」
作家「ばかばかしい。個々の人間の
愛や憎しみはそんなに強くはないよ。
全人類に及ぼすほどはね。せいぜい
金や女を欲しがり(窓辺で冠のよう
に輪になった針金を拾い、手で玩び
ながら)、意地悪な上司をのろうくら
いさ。正義が行われる社会や神の国
を求めるなんてのは、もう、個人の
望みじゃなくてイデオロギーだ。無
我の愛なんか成立するはずがない。
本能的な欲望ほどはね。」
ストーカー(立ちあがりながら)「他
人の不幸をもとにした幸せがありま

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