ソビエト映画の巨匠、グリゴーリー・コージンツェフ
1905年3月22日キエフに生まれた。レニングラード美術アカデミーを卒業。ソビエト革命後の前衛演劇興隆の波に乗って、トラウベルグ、ユトケーヴィチらと実験演劇集団「エクセントリック俳優工房(FEKS)」を組織した。これは、サーカスやキャバレーやミュージック・ホールなど卑近で雑多な要素を演劇に持ち込んだものだった。やがて、この集団は映画製作にも進出し、コージンツェフとトラウベルグの共同監督作品「十月っ子の冒険」(1924)が生まれた。以後、トラウベルグとのコンビで1930年代社会主義リアリズム路線の代表作となった《マクシム3部作》などを発表した。
第2次対戦後は単独監督となり、とりわけヨーロッパ古典文学の映画化で世界的な名声を得ることになった。また、シェークスピアの研究家および演出家としても知られ、彼のシェークスピア論の著書はイギリスでも翻訳出版された。
コージンツェフ晩年の「ドン・キホーテ」(1957)、「ハムレット」(1964)、「リア王」(1970)は、彼のヨーロッパ文化への造詣の深さを示すものであり、それぞれの作品は今日においても、その突出した演出力で他の類似作品の追従を許していない。ソビエト音楽界の巨匠ショスタコーヴィチとは生涯緊密な関係にあり、コージンツェフの映画の大半は彼によって作曲されている。1973年5月11日死去。 |