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「ストーカー」(1981年10月31日発行)より転載
20  妻は床にあお向けに倒れたまま、
激しく身を震わせて煩悶する。汽笛
が聞こえ、列車の轟音が響いてくる。
ストーカーの家の側にある線路
 ストーカーが、話声が聞こえる方
角に向って、列車が何本も止まって
いる線路を横切って歩いていく。
作家の声「この世界は退屈でやりき
れん。幽霊か宇宙人でも現れればい
いが、その望みもない。世界は鈍重
な法則によって動くだけなんだ。法
則は犯されることがない。」
線路脇の道路
 自動車の傍で作家と美しい婦人が
立ち話をしている。婦人は時々、手
にしたコップを玩んでいる。
作家「UFOなんて希望の幻影にす
ぎん。」
婦人「バミューダの三角形は?」
作家(婦人のまわりを肩を寄せあうよ
うに、ゆっくりと回りながら)「あん
なものは謎でも何でもない。ただの
三角形ABCにすぎんよ。とにかく、
現代世界は憂うつだ。中世は、まだ
よかった。家々には霊が住み、教会
には神がいた。昔は若者が多かった
が、今は年寄りばかり。退屈でたま
らんよ。」
婦人(ストーカーの表情を覗うよう
に)「"ゾーンは、超文明の延長だ"
ってあなたが言ったわ。」
作家「あまり自信ないね。多分、あ
そこも法則の領域だ。神も霊もいや
しないだろう。もし神がいるなら、
三角形の法則と……」
 車を背にして凭れかかり、作家の話
を聞いていた婦人が、ふと冷笑する。
作家「どうも頭が混乱してきた。(ス
トーカーに気づいて)迎えがきたよ
うだから、失札するよ。(婦人を手で
指し示しながら)このご婦人もゾー
ンに興味を持ってるんだ。名前は…
(婦人の方を振り返り)失札、何だ
ったっけ?」
 ストーカーが二人のもとへ歩み寄
ってくる。
婦人(興味深げに)「あなたがストー
カー?」
ストーカー(車をはさんで反対側に
立ち、婦人に向ってそっけなく)「行
きなさい。」
婦人(作家を一瞥すると、自動車に
乗りこみ、窓からはきすてるように
つぶやく)「バカ!」
 作家は呆然と車を見送り、吸いか
けの煙草を投げ棄て、ストーカーの
方へ歩み寄る。
ストーカー「酔ってますね。」
作家「ほんの一杯、やっただけだよ。
一杯くらいは女子供だってひっかけ
る。酒びたりが人口の半分はいるん
だ。」
 作家、酒壜からラッパ飲みする。
バーの入口
 ガラス張りのドアを透かして、ま
ずストーカー、つづいて片手に白い
袋を手にした作家の姿が見え、中へ
入ってくる。作家はドアの手前で足
を滑らせ蹟く。
パー
 教授はテーブルに寄っかかりなが
ら、コーヒーを飲んでいる。カウン
ターの前ではストーカーとマスター
が挨拶を交わしている。教授はスト
ーカーに気がついて、足もとのリュ
ックを一度、手にする。
ストーカー(教授に)「飲んでて下さ
い。まだ早いですから。」
 作家、テープルに近づいてきて、
酒壜を置く。
作家「出発前にもう一杯、いかが?」
 作家はカウンターにコップを取り
に行くが、ストーカーがそれを遮ぎ
り、二人はテープルに戻る。
ストーカー(テーブルの酒壜を作家
に手渡し)「ダメです」
作家「なるほど、"アルコールは人民
の敵"ね。じゃ、ピールでも。」
 作家は一人、カウンターでビール
を飲み始める。
教授(傍のストーカーに)「彼も一緒
かね?」
ストーカー「ええ、じきに酔いもさ
めるでしょう。」
作家(カウンターの前で、テーブル
の方を見て)「あなたが教授ですか?」
教授(コーヒーを飲みながら)「そう
です。」
作家「では自己紹介させていただき
ます。私は……」
ストーカー(言葉を挟んで)「"作家"
でいいですよ。」
作家は、ビールのコップを二つ、
テーブルに運んで来て、一つをスト
ーカーの前に置く。二人はテーブル
を囲み、暫く話を交わす。
教授「それじや、私は?」
ストーカー「あなたは"教授"。」
作家「なるほど、作家か。まあ、作
家に違いない。」
教授「何をお書きです?」
作家「読者について。」
教授「それは面白いですな。」
作家「書くことに意味なんかありま
せんよ。あなたのご専攻は化学です
か?」
教授「物理学です。」
作家「法則ずくめで退屈でしょうな。
あちこちと真理を探求なさるのでし
ょうが――。物質をほじくれば原子
核が出てくるし、そうかと思えば、
三角形ABCは他の三角形ABCと
等しいとかね。私は違うんです。私
が真理らしいものを堀り出してみる
と、それが変化を始めて、見るに耐
えない醜悪なものになってしまう。」
 作家は一息入れ、ビールを飲む。
傍で、ストーカーはせきこんでいる。
作家「あなた方はまだいい。博物館
に古い壷がある。昔は残飯でも入れ
たんでしょうが、今じゃ、その簡潔
な絵柄と形で、絶品ともてはやされ
ている。ある日、それが真赤なニセ
物と判明します。誰かが考古学者を
かついだと言うことですね。感嘆の
声は一瞬にして消えてしまいますね」
教授「よく頭が回りますな。」
作家「いや、めったに考えたりしま
せん。健康に悪いから。」
教授「あんまり気を使いすぎても書
けんでしょう。」
作家「100年後には私の本など読ま
れますまい。それなら書く意味もな
い。ところで教授、あなたはなぜ、
ゾーンに関心をお持ちなのです?」
教授(ちょっと身を乗り出すように
して)「物理学者だからですよ。あな
たこそ、女性にもてる流行作家が、
なぜ、ゾーンなどに?」
作家「失ったインスピレーションを
取戻すためです。」
教授「すると取材ですか?」
作家「まあ、そんなとこですな。」
ストーカー(汽笛の音に気づき、腕
時計に眼をやると)「来ましたよ。最
終列車です。ジープの屋根ははずし
てありますね。」
教授(硬貨を机に置きながら)「はず
しておいた。」
 教授と作家、立ち去る。
ストーカー(マスターを呼んで)「お
い! もし帰らなかったら、家内の
ところへ寄ってやってくれ。」
バーの入口
 作家は、教授が立っている戸口ヘ
歩み寄り、先に立ってドアを開け、
外に出る。
作家(敷居を跨ぐや、また後に引き
返して)「タバコ、買うのを忘れた。」
教授(手で作家を差し止め)「戻らな
いで。」
作家「どうして?」
教授「不吉です。」
作家(なかへ入るのをあきらめて、)
「あきれたな。くだらん迷信を信じ
て。(吸いかけの煙草の火を消しなが
ら) 取っておこう。」
 作家と教授、連れだって出て行く。
作家(歩きながら教授に)「本当に学
者かね?」
 ストーカーも外に出る。
路地
 建物の傍に屋根をはずした"レン
ドローバー"が置いてある。ぬかる
みの道を作家と教授が、跡を追って
ストーカーが急ぎ足でジープに近づ
く。三人がシープに乗ると、ストー
カーが運転して、夜が明けやらぬ、
人気のない、廃境のような路地を走
りだす。
ぬかるみの路地
 路地を走ってきたジープは角を出
ると、前方に警備兵のモーターバイ
クの気配を感じて急停車する。スト
ーカーは運転席を飛び出し、地面に

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