こうして約一時間、市民たちは国内外からの映画人たちを迎える華やかなひとときを満喫したのだった。ちなみにモスクワからは監督、俳優、批評家、ジャーナリストら60人余りが招待されたと聞いている。
そしてもうひとつ、予想外だったのが毎晩繰り広げられたパーティの豪華だったこと。日本領事館の領事の話によると、昨年まではオープニングとクロージングの時だけに限られていた宴会が今年は毎日続いた。「ウラジオストックは今、ミニバブルなんです。それで大きなスポンサーが付いたらしいですよ」。「へえー」としか答えようのない私だったが、帰国して友人から聞いたところによると、モスクワもペテルブルグもバブルなのだそうだ。
バブルって「濡れ手に泡」のバブルだとすれば、貧富の差のいちじるしい拡大化やチェチェン問題を抱えたロシアで泡にまみれて遊んでいても良いのかしら、とふと反省がよぎる。映画祭で中心になって働いている若いロシア人たちは誰もが携帯電話を片時も離さず、流暢に英語をあやつっていた。アメリカ人だと言われても分からないだろう。言葉とファッション、しぐさのグローバリゼーションはここ極東の地にまでみごとに浸透しているという印象を受けた。
(ウラジオストックは日出る国と言われる日本よりも東に位置していて日本との時差は2時間である。) |